【残業代請求】「残業代を払いたくない。訴えられたら怖い」なら労務管理や給与規程で対策!
経営者の悩みの一つに「残業」があると思います。
「長時間の残業」、「サービス残業」、「残業代の未払い」、「従業員からの残業代請求」など昨今、この残業に関する問題が色々と取り沙汰されています。
そこで今回は、その中でも「残業代請求」についてフォーカスしていきます。
残業代請求が増えているのには訳がある
残業代に関しては、業績悪化で払いたくても払えない(支払いの原資がない)という会社もあると思いますが(勿論、残業代を払わないのは違反です)、意図的に払っていない会社や、或いは残業代を払っているつもりでいたが、適切な支払いになっていなかったりと、様々なケースで存在しています。
特に残業代に関しては、経営者よりも従業員の方が関心が高いものです。従業員にも生活があるので、お金にシビアになるのは当然のことでしょう。
終身雇用制の崩壊
昨今、従業員の残業代請求が増加しているのには、幾つか理由があります。
その一つに、終身雇用制の崩壊が挙げられます。
終身雇用制には、メリット・デメリット両面ありますが、
メリットの一つとして、長期雇用によって会社へのロイヤリティー(愛社精神)が備わるということでしょう。
一昔前は、大学を卒業後、定年まで働けること、勤続年数が増えるにつれ給料も上がり、安定した生活が出来るようなシステムでした。
加えて、勤続年数が長くなれば、給料・役職が上がり、より難しい仕事をこなしたり、部下を育てたりとやりがいも出てきて自身の成長を感じるようになります。
そいういったこともあって、次第に会社に対して恩義を感じるようになり、ついては会社へのロイヤリティーも高まるといった具合です。
ロイヤリティーが高ければ、多少会社に不満があっても、問題を起こさず我慢しながらも定年まで働き続けるという働き方をしていた訳です。
しかし、昔と違い今は右肩上がりの経済成長ではなく、企業の存続年数(企業寿命)は23年ほどと言われています。仮に、大学卒業後に就職したとしても定年する迄の間に、会社が1、2度変わってしまう可能性もあるということです。これは、大企業であろうと例外という訳ではありません。2008年のリーマンショックの際の日本航空などの大企業の倒産を想像して頂けると分かりやすいでしょう。
また、企業側も経営が苦しくなれば、倒産までには至らずとも、人員整理(リストラ)を行ったり、経営環境に適応するため、正社員ではなく派遣社員やパートといった雇用形態での採用も増えています。そのような背景から、終身雇用制が崩れつつある訳です。実際、転職に関するTVCMやネットなどからも分かる通り、以前のような転職に対するマイナスイメージも薄まり、市場の活性化が起きています。
つまり、昔に比べて従業員側も、「職場環境、給与、福利厚生などの待遇に不満があれば、会社を辞めて違う会社に転職する」という手段が取りやすくなったということです。
需要と供給の関係
需要:情報通信の発達
また、携帯電話、インターネットなど情報通信の発達も影響しています。
「残業代、未払い、請求」といったキーワードでネット検索すれば、対象となるサイトが数多く表示されます。例えば、残業代請求の体験談や弁護士等のHPでの広告などです。その他にも、退職者やOBの方から、残業代請求を起こしたという話が伝わってくることもあります。以前と違って、携帯のメールやラインなどによって退職者やOBの方とも連絡が取りやすい環境下にあることが影響しています。実際に、退職者が残業代請求をしたことで、芋ずる式に在職者が訴えてくるというケースもあります。
「入れ知恵」というと言葉は悪いですが、残業代請求が出来るということを知らなければ行動に移すことはできませんが、逆に知っていれば「行動する」可能性が生まれます。情報通信の発達は、無知を既知に変える機会を増やした訳です。
供給:弁護士数の増加
単純に、昔よりも弁護士に依頼しやすくなったことが残業代請求の増加に寄与しています。
士業(サムライ業)に詳しくない皆さんでも「弁護士過剰」「弁護士になっても仕事がない」といった類の記事をネット等で見たことが一度はあると思います。
実際、法科大学院制度の開始によってここ20年の間に、16,731人(1999年)から40,066人(2018年)とその数を急増させています。(ちなみに、この4万人という数字は、我々社会保険労務士の人数とほぼ同規模です)
弁護士業界内での需要と供給の関係を考えてみれば、弁護士の人数が多くなれば、供給過多で競争も激しくなります。時には、受注するために過度な価格競争も起こるでしょう。そういった状況を鑑みれば、以前に比べ弁護士への依頼は容易になったと言えるでしょう。
「うちの会社は関係ない」と思っているとそのうち痛い目に合う!
「うちの会社は関係ない」そう思っている経営者の方もいると思いますが、そんなに甘いものではありません。
先に挙げたように終身雇用制の崩壊、転職が容易になったことなどを鑑みれば今後益々こうした動きは増えてくるでしょう。
仮に、真面目に働いて会社に貢献してくれていた従業員だったとしても、辞めた後の動きは不透明です。むしろ、優秀な社員ほど世の中に対するアンテナが高いため、事前に色々と準備(例えば、証拠を揃えたり)していたりするものです。
「勤務態度が真面目」≠「残業代請求はしてこないだろう」という発想はやめておいた方が良いでしょう。昔の人は、情に厚いところがあったと思いますが、今は結構ドライな人が多いようですからね。
労使共に納得の上での円満退社であれば、また違うと思いますが。
従業員側に、何か思うところ(例えば、残業代が出ていない、あるいは不当解雇だ)があった場合は、「出るとこ出るぞ!」と行動を起こされることを想定して準備しておくことが肝要です。
補足:請求時効
ちなみに、残業代請求の時効は「2年間」です(労働基準法第115条より)。
但し、企業側(使用者側)が時効の援用を行わない場合は、2年以上の残業代を支払うということも可能です(通常、弁護士など専門家が入れて会社側も対応するので、2年以上の残業代を支払うということはほとんどないと思います)。
残業代請求に対する考え方と対策は?
非常に分が悪いものと考えていた方が良い。
残業代請求での争うことになると、会社側にとっては非常に分が悪いものだと考えておくべきでしょう。
インターネットで検索してみると「残業代請求は必ず勝てる」なんて言葉が踊っています。これ。会社側じゃなくて、「従業員側が請求すれば必ず勝てる」という意味のようですからね。
実際、弁護士の先生から伺った話によれば、「残業代の未払いで訴えられて、会社側が完勝するというケースはなかなか無い」ということです。
これには理由があって、裁判などの争いでは、通常訴える側にその立証責任があります。例えば、金銭貸借に関する争いであれば、貸した側が、あなたに幾ら貸しましたという証(例えば、借用書)を証拠として、お金を返してと請求するという流れになります。この辺りは、皆さんもテレビドラマなどを通じてある程度理解していることでしょう。
ですが、残業代請求に関しては、訴えた側の立証責任のみならず、(訴えられた)会社側にも従業員に残業をさせていないということを説明しなければなりません。これは会社側に、従業員の労働時間を把握する義務があるということに由来するものです。
そうなると、その時間(残業時間中に)仕事をさせていないということを説明(証明)するのは案外難しいものです。このように証明することが不可能か非常に困難な事象を悪魔に例えて、「悪魔の証明」と呼んでいます。
なぜ難しいかを理解してもらうために、以下の文章を読んで想像してみて下さい。
例えば、従業員の勤怠を管理するものとして、タイムカードが一般的です。そのタイムカードに「19時半」と打刻されていたとします。就業時間(定時)が18時までとして、1時間半の時間が存在しています。その時間について、従業員が仕事をしていなかった(残業に当たらない)と証明することは非常に難しいと思いませんか?
「悪魔の証明」とは、つまりはそういうことです。
訴えられる前に対策を立てておくことが何よりも大切になります。
残業代トラブルに対する企業側の対策
では、企業側に求められる一般的な対策(労務管理と給与規程)について紹介していきます。
そもそも、残業を行わない(労務管理)
一番理想なのがコレでしょう。
そもそも、就業時間内でしか働かせていないというパターンです。
いわゆる、「残業がない」と呼ばれる会社ですね。
企業の理想形というか、あるべき姿だと思います。
残業を許可制にする(労務管理)
「残業が全くない」というのが理想ですが、現実的にそうはいかないのが経営です。
そこで、次に取るべき対策としては、残業を許可制にするというものです。
残業が必要な場合は、上司の許可を得ってからやるというやり方ですね。
実際、労務管理や残業代削減の一環として、この制度を導入している会社は多いです。
但し、許可を与えていない従業員が残業をしているのを指摘せず放置していると、黙示的な指示(命令)があったとみなされるので残業許可制を運用する際には十分注意が必要です。
固定残業代制を採用する(給与規程)
固定残業代制というのは、「残業代を含めて給料を支払っている」というものです(残業ありきで考えている時点で、世の中のトレンドに沿っているとは言い難いですけど…)。
社会保険労務士などの専門家が入り、制度としてきちんと運用されていれば問題はありませんが、制度に穴がある場合もよく見受けれられます。
同制度の詳細は別の記事で書こうと思いますが、何時間分の残業代が給料として支払われているのか。そして、それが明確になっているか、ということが同制度を採用する上でのポイントの一つとなります。
管理監督者として扱う(労務管理)
「彼は課長だから残業代を払わなくても大丈夫」、「管理職にしたから、これから残業代は払わなくていいんでしょ?」。
こういった言葉がまだまだ聞こえてくるのが現実です。
従業員が労働基準法第41条に定める「管理監督者」の要件(以下の水色枠内を参照のこと)を満たしていれば問題はありませんが、日本マクドナルド事件(「名ばかり管理職」事件)に代表されるように日本企業の管理職の扱いから見ても「管理職だから残業代を出さなくて良い」という企業側の主張はほとんど通らないと思っておいた方が無難です。
(例えば、指揮管理権、採用権限などがあること)
・出社や退社や勤務時間について厳格な制限を受けていない
(例えば、労働時間に関して自由裁量があること)
・その地位に相応しい待遇がなされている
(例えば、賃金が一般の労働者に比べて優遇されてことなど)
残業代対策として「監督管理者」として扱いたいのであれば、非常に厳格な運用が求められるということは覚えておきましょう。
まとめ
今回は残業代請求に関して、以下のような点で紹介しました。
・残業代請求が増加している理由
・あなたの会社も訴えられる可能性があること
・残業代請求に関する考え方(従業員側から訴えられると非常に分が悪い)
・会社側が取るべき対策
残業代請求は、現在メジャーな問題として扱われています。そして、今後益々増えていくことでしょう。
そして、あなたの会社もいつ何時そうした事態に陥るか分かりません。
従業員から残業代で訴えられる前に労務管理、給与規程・就業規則の見直しなど様々な対策を講じおくことが肝要です。