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【書評:「承認欲求」「承認とモチベーション」で有名・太田肇の著書】「見せかけの勤勉」の正体(成果主義、やる気主義)

 
書評『「見せかけの勤勉」の正体』の表紙
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HOP CONSULTING
人事・労務コンサルタント(社会保険労務士)、経営コンサルタント(中小企業診断士)。福岡生まれだが熊本育ちのため、性格は典型的な「肥後もっこす」。 「ヒト」と「組織」の問題解決(人材教育・育成や組織変革)を専門とする。 また、商社時代に培った経験から財務・会計にも強く、人事面のみならず財務面からの経営アドバイスも行う。 他にも社会保険労務士、中小企業診断士や行政書士など難関国家資格を含む20個の資格にフルタイムで働きながら1発合格した経験を生かし、資格取得アドバイザーとしても活動中。
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書籍情報・購入経緯

【書籍情報】
著者:太田肇(おおた・はじめ)
著書:日本人ビジネスマン「見せかけの勤勉」の正体
値段/発行所:1,500円(税抜き)/株式会社PHP研究所
その他著書:「承認欲求(東洋経済新報社)」「承認とモチベーション(同文館出版)」など多数

【購入経緯】
著書「承認欲求」で有名な太田肇氏の著書がブックオ○で安売りされていたこと、かつ「見せかけの勤勉」と言うタイトルに惹かれて購入。結果、色々と新たな気づきが得られて良かった一冊。

こんな人にオススメの一冊

経営者や管理職に読んでもらいたい一冊です。
多少古い書籍(2010年出版)ではありますが、「成果主義」や「やる気主義」の弊害が、従業員(労働者)にどのような影響(見せかけの勤勉(やる気)、不平不満、モチベーションの低下など)をもたらしているかを知るだけでも、自社を見直す菊花となり今後の経営に活かせるはずです。

この本を読むことで分かること

・見せかけのやる気が通用しなくなったこと
・従業員のやる気を失わせているものの正体
・やる気主義と成果主義の奇妙な親和
・やる気を持たせるには所有感とやる気を生じさせる仕組みや制度が大切
・管理は成果をあげるための手段に過ぎず、管理が目的となってはならない
・著者が提言する理想のリーダー像はスイーパー・リーダーシップ

気づき・感想

長いですが、頑張って以下の内容を読めば「なるほどな」と思ってもらえる話だと思います。

日本人は果たして本当に仕事に対して真面目で勤勉なのか?

政府から「働き方改革」という旗が掲げられ、少しずつ労働環境が変わりつつある(?)とは言え、日本のサラリーマンといえば「有給休暇も取らず」「遅くまで残業する」というイメージを持つ方も多いと思います。
「身を粉にして会社に貢献する」「仕事第一」「真面目」「愛社精神溢れる」といった言葉に代表されるように、日本人の「勤勉さ」や仕事に対する「真摯な取り組み」などは海外からも評価されていると言われたりもします。

ですが、「実際の所、どうなのか?」ということを表すデータを本書では紹介しています。

それによると次の通りです。

(1)仕事に対して非常に高い熱意を感じている:9%(14ヶ国中最低)
(2)仕事に対して全く熱意なし:24%(つまり約4分の1が熱意なし)
(3)非常に(仕事に)意欲的:2%(16ヶ国中最低)
(4)意欲的でない:41%(16ヶ国中下から2番目)

結果だけ見れば、「日本人は世界で一番やる気がない」と言えなくもありません。

また、職場への帰属意識を調べる調査では次の通りです。

(1)今の職場を続けたい:27.5%(11ヶ国中最低)
(2)今の職場を続けることになろう:28.4%(11ヶ国中最高、ちなみに欧米は一桁台)

「続けたい」と「続けることになろう(なるだろう)」では能動的・受動的という面から見ても明らかに意識が違います。日本人がいかに消極的・受動的な帰属意識でいるのかが見て取れるでしょう。

やる気がないのに、遅くまで残業し有給休暇もあまり取らない理由とは?

実は見た目(?)と違って「やる気は高くない」ということは先に述べた通りですが、やる気がないのであれば、なぜ労働者は遅くまで残業(長時間労働)したり、年次有給休暇をあまり取らないと言った、やる気の低さと相反する行動を取るのでしょうか?

もちろん、「会社が休みを取らせてくれない(それはそれで問題ですが)」「仕事が終わらないから」「なんとなく帰りずらいから」といった事情もあると思いますが、それとは別の理由もあるということは経営者の皆さんであれば想像がつくのではないでしょうか?

それは、「遅くまで残業すること」や「有給をあまり取らないこと」によって、労働者が会社に「やる気」や「忠誠心」を認めて欲しいといった思いがあるからです。
実際、昔ながらの会社ほど上司が「あいつ(部下)は、いつも(遅くまで)頑張っているから」という理由で人事評価に反映され、その結果昇格・昇進に繋がるケースもままあります。
つまり、「遅くまで働く社員」や「有給休暇を取らない社員」が高い評価を得る可能性があるのです。裏を返せば、「遅くまで働かない社員(定時で帰る社員)」や「有給休暇を沢山取る社員」が不当に低い評価になる可能性もあります。(得てしてそういう社員こそが優秀だったりするのですけどね…)

以上のように、ある種、相互(労使)の利害関係が一致しているので、こうした相反する行動が生じているのでしょう。

現代では「見せかけのやる気」は通用しない

このように一見頑張って働いているように見えるけれど、その働きぶりの多くは「見せかけのやる気だった可能性がある」と著書では述べてあります。

見せかけのやる気の証拠という訳ではないですが、日本の労働生産性は、主要先進7カ国中最下位です。データのある1970年以降、現在までずっと最下位が続いています。主要先進7カ国とは、アメリカ、ドイツ、フランス、イタリア、カナダ、英国、日本のことを指します。列挙した順がそのまま順位を示し、現在では上位3つと下位4つの二極化が進んでいます。

そんな「見せかけのやる気」の社員ばかりでも、昔は通用していました。
なぜなら当時は「単純労働」や「決まった仕事を正確にこなす」といった定型的な仕事が主だったからです(大量生産大量消費の時代)。
つまり、モチベーションの高さよりも労働時間の長さや真面目さ、正確性が生産性に結びついていたからです。

しかし、現在のようなIT革命による情報化社会においては、人間特有の能力である創造性や勘・ひらめき、想像力などを活かす仕事臨機応変で心のこもったサービス等の仕事が付加価値をもたらします。
そうした人間特有の能力をあまり必要としない、「単純労働」や「定型的な仕事」は、これから益々「機械化」「自動化」されていきます。
(これについては「あと10年で消える職業、なくなる仕事」「約半数の仕事が機械に取って代わる」といった言葉を見聞きした方もいるでしょう、オックスフォード大学が発表したレポートのことです。)

従って、求められるものは、能力・資質と並んでモチベーションの質が大切になります。見せかけではなく本物のモチベーションが大切ということです。
そして、本物のモチベーションとは本人の自発性から生まれます
本人がやる気を出さない限り、外からいくら強制しても命令してもダメだということです。(内発的動機付けを高めるやり方が大切だということ)

やる気の足かせとなっているものは?

仕事のみならず趣味やスポーツ、遊びなども含め、それらに興じている人達のことを考えれば、人間誰しも「本物のやる気」を持っていることは明らかです。

やる気を出させるのではなく、やる気の足かせとなっているのが何かを突止め、それを根本から取り除く必要がありますが、著者の考える「やる気の足かせ」となるものは以下の5つです。

(1)残業への不満
(2)定まらない目標
(3)過剰な管理
(4)まだら模様の人間関係
(5)不公平な評価、処遇

従業員(労働者)がこの5つの項目を見れば、「すごくよく分かる!」という声が上がってきそうです(笑)。
今回は、このうちの「(1)残業への不満」、「(3)過剰な管理」、「(5)不公平な評価、処遇」の3つを取り上げたいと思います。

足かせ1:残業への不満

前述の見出し「やる気がないのに、遅くまで残業し有給休暇もあまり取らない理由とは?」でも述べた通り、人事評価で「遅くまで働く社員、有給をあまり取らない社員を高く評価する傾向がある」のは間違いないと思います。

但し、IT革命、情報化社会の現代にあっては、会社にいる時間と生産性はほとんど関係がないということです。
むしろ長時間労働による弊害の方が問題だと思います。大きなものでは、長時間労働による過労死や精神疾患、小さなものでは、集中力の低下やミスの増発による生産性の低下などが懸念されるからです。

そして、モチベーションの面で一番問題なのは、「(残業が)何時に終わるか、その目処が立たないこと」です。

人間というのは、目標やゴールが見えるからこそ頑張れる

「人事評価に関わるので、帰りたくても帰れない」「先に帰った後で、なんて言われるか分からない」「職場の雰囲気が帰り辛いため、帰りたくても帰れない」と言った理由から、とりあえず残っておく(帰れる雰囲気になるまで待つ)という判断となり、何時に帰れるか目処が立たないという状況を生み出しています。

著者曰く、こうした終わりの見えない残業は、ゴールのないマラソンのようなものであり、全力を出したら途中で息切れしてしまうので、自己防衛のためにセーブすることに繋がります。いわゆる手抜き、力の出し惜しみを生むため、「本物のやる気」しか通用しない時代には非効率であると述べています。

今日中にやるべき仕事がなければ、早々と退社し翌日の仕事に備えてリフレッシュするのが何よりの仕事だと言えます。
しかし、中小企業では大の大人が自分の裁量で帰れないという職場が当たり前のように存在しています。

あなたの会社ではこのようなことは起こっていませんか?
こうした気持ちで残業してもらっても、質の良いアウトプット(結果)は生まれませんし、残業代も無駄になってしまいます。
従業員が何も不満を言ってこないし、きっと仕事があるから残ってるからと思っていたら、ただ単に社長(事業主)に逆らえないから、面従腹背しているだけってこともあるかもしれません。気をつけましょう。

足かせ2:過剰な管理

「過剰な管理」によってやる気を失った経験がある方は多いと思います。
もし、何をするにも、ホウレンソウ(報告・連絡・相談)が必要、あるいは承認が必要だと、上司の指示に従うだけで、全く自分の思い通りに出来ないので、やる気も下がるというものです。

さて、「過剰な管理」とは一体どこから来るのでしょうか?

本書では一つに、上司に「部下の失敗を許す」度量がないから、「過剰な管理」に繋がっていると述べています。

そもそも「管理職」という言葉自体が、「管理しなければならない」「管理することが仕事」という先入観を生み、悪いイメージを持たせているとも言えます。

後述する評価・処遇のところにも繋がる部分ですが、「部下をきちんと管理しているかどうか」が上司自身の評価に繋がる部分もあるため、管理が強化されるのです。つまり、上司が仕事をしている、頑張っているという上へのアピールの材料が「部下を管理すること」なのです。

本来、マネジメント(管理)とは?

「管理」のことを英語では「マネジメント」と言いますが、ピーター・F・ドラッガーは「マネジメントとは組織に成果をあげさせるための道具、機能、機関」だと述べていることをご存知でしょうか?
あくまで成果をあげるための手段の一つとして管理(マネジメント)を用いるのであり、管理することが目的化してはいけないということです。

また、経営コンサルタントの新将命(あたらし まさみ)氏も「マネジメントとは、扱いにくい人間をいかに動かし、成果をあげるか」だとは述べています。「扱いにくい人間」という言葉が入っているのが同氏らしい表現です。

しかし、現在では会社の不祥事がマスコミやSNS等で一気に拡散され世間に知れ渡り、会社の「管理不行届き」「管理不徹底」として叩かれることが多々起こります。
(つい先日も、県庁で使われていたHDDの廃棄の際、適切な廃棄処理がされず、HDDの中身が漏洩したとしたとして問題となりました。あれも下請けに廃棄処理を丸投げしていたことが原因で管理不足だとされています)

そうした光景を目の当たりにすると、管理による社員のモチベーションの低下、生産性の低下というデメリットを引き換えにしてでも、管理強化に走るという悪循環が生まれてしまうという訳です。

あとは、そもそも「人間」には「人を管理したい」「相手をコントロール、支配したい」といった欲望・本能があります。管理下、支配下に置くことは、自分の周りの環境をコントロールできていると感じられるし、自己の有能感にも繋がります。

だからこそ、著書では「管理は腹八分で」という主張がなされています。
他にもマネージャーの心得として、次の言葉を紹介しておきます。

マネージャーにとって大切なことは、「人の管理ではなく、仕事の管理をすること人の管理は仕事を成し遂げ、成果を上げるための手段に過ぎません。仕事の管理に必要な範囲でのみ、人を管理するべき

足かせ3:不公平な評価、処遇

不満には二つの不満があると述べてあります。
一つは、給与などの水準が低すぎるという「絶対的不満」、もう一つが他人と比べて不公平に扱われているという「相対的不満」です。

「他の社員(特に同僚)と比べ不当に差がつけられる」「貢献、成績に見合う給料を貰っていない」「あいつより評価が低い理由が分からない」など自己のプライドを傷つけられる「相対的不満」の方がやる気をなくす主要因となっています。著書では「貧しきを憂えず、等しからざるを憂う(「貧困を憂えず、不平等を憂う」)」という論語の一節を引用して言い表しています。

私もそうでしたが、皆さんも不公平な評価によってやる気をなくした経験がはずです。その原因として、その評価となった理由(根拠)がはっきりしないからだったと思います(これについては次の見出しで少し触れます)。
理由を説明できない不公平な評価や処遇というのは、経営者(事業主)が考えている以上に、不満の原因となることを肝に銘じておきましょう。

やる気主義の弊害

やる気の足かせを生む原因は「やる気主義」にあると著者は述べています。

例えばこんな具合です。

・有給を取らず、遅くまで働く者ほど「やる気がある」と評価する
・一方で、いくら仕事ができても、早く帰り有給を沢山取っていては「やる気がない」と見なされ高い評価が得られない
・「やる気」を出せば、もっとやれるはずだと、過剰な要求や目標をエスカレートする
・「やる気がある」部下には報いてやりたいという思いから処遇に差をつけ、結果として社員の間に不満や不公平感を抱かせてしまう。

どうですか?
経営者や上司の皆さんの中にも、思い当たる節があるのではないでしょうか?

「やる気」という曖昧なもの、主観的なものを評価の基準にしているがために、その評価結果に社員が納得できないし、不満に思う訳です。

また、やる気というのは過剰な管理にも影響を及ぼします。
上司は自分のやる気が強いとその意欲が部下の管理に向かうのです。また、上司自身がさらに上の上司からやる気や忠誠心を見られていると思うとそれをアピールするために部下の過剰な管理に向かうこともあるのです。

特に日本では「やる気主義」の根は深いと著者は述べています。

人事評価の評価要素は、主に「能力面」「業績面」「情意面」の3つからなります。「情意面」とは積極性や規律性、協調性といった態度や意欲を見る項目です。

しかし、人事評価の際、能力面や業績面で客観的な基準がない場合には、頑張っている者、忠誠心の厚い者、自分を慕ってくれている者など、情意面が評価に加わることが多々あります。つまり、客観的な評価が出来る職種は別にして、日本の人事評価では、あらゆる側面、あらゆるプロセスで「やる気」が評価されていると言えます。
従って、自分のやる気を評価してもらえるかどうかが、サラリーマン人生を大きく左右することになるのです。

もちろん、欧米でも、能力や業績に加えて、やる気も評価されます。但し、「何を持ってやる気があると見るかが」日本とはかなり違います。
それは、個人の成果やチームの生産性に結びつくような行動にスポットが当てられているということです。例えば、顧客への訪問頻度、顧客の満足度、高い目標にチャレンジしているか、チームの成果や生産性をあげるためにどれだけ貢献しているかなどです。少なくとも欧米では、日本のように「遅くまで残業している」とか、「休暇を取らないかどうか」といったレベルでの評価ではないということです。

著者はそのことを、「欧米企業は、できる限り川下で評価しているのに対し、日本企業では伝統的に川上で評価する傾向が強い」「(日本企業は)客観性や公平性を尊重するより全ては気の持ちようや取り組み姿勢だという主観主義が優位に立っている」と述べています。
なお、ここで言う、川上・川下とは、「最終的な成果に近いところを川下」「そこから離れたところを川上」と定義しています。

ちなみに、日本では個人の仕事の分担や責任が明確になっていない(これ以降の見出しでも、この点については少し触れています)ので、川下で評価しにくいので、川上(意欲や熱意ややる気)で評価してしまうという事情もあります。

成果主義導入がやる気主義の強化を生んだ

やる気主義が蔓延していると紹介すると、「成果主義」を取り入れたからやる気よりも「成果が重視される」ようになったという反論があります。
これに対して、著者は「成果主義の導入によってやる気主義がむしろ強まっている」と主張しています。

成果主義が導入されると「運用面」、とりわけ「評価」に対して不満や不公平感の矛先が向けられました。
中でも多かったのが、「数字に表れた結果だけでなく、結果に至るプロセスや努力も認めて欲しい」という声です。いわゆる「額に汗したものが報われるべき」だという空気が高まり、「成果主義と結果主義とは違う」「成果に至るプロセスが大事だ」といった最もらしい言葉とともに成果主義制度の見直しが行われました。

ここで問題となるのが、「プロセスを評価する」というものです。

その評価基準が客観的で納得性の高いものではないのです。
そもそもプロセスを見るといっても、仕事内容が多様なためにどこを見て良いか分からない、また、日本の場合は、チームで協力しながら成果を出すことが多いため、個人の職務(範囲)が不明確といった問題があります。

そして、何がプロセスか分からないまま、「プロセスらしきもの」で評価するようになりました。つまり、「どれだけ遅くまで頑張っているか」、「休みを取らないか」、「会議での発言が多いか」といった態度や意欲レベルの話に至った訳です。こうして成果だけでなく、努力やプロセスも評価されるようになったものの、より成果に近い「川下」ではなく、前向きな態度や意欲といった「川上」でしか見ることができないので、結局、「やる気」に再び焦点が当てられるようになったという流れです。

やる気主義と成果主義の奇妙な親和

やる気主義とは「やる気」という“主観的”なものを重視します。
一方、成果主義は「成果」という“客観的”なものを重視しますので、本来、やる気主義と成果主義は相反する(正反対)のものです。

しかし、どちらも平等主義や年功主義に対するアンチテーゼ(*)として打ち出された背景があります。
(*アンチテーゼとは、ある理論・主張を否定するために提出される反対の理論・主張のこと/Wikipediaより)

平等主義や年功主義は、社員に差をつけないのに対し、「やる気主義」と「成果主義」はいずれも社員に差をつけ選別を行います。いわば同族とも呼べるものです。
(*「やる気主義」と「成果主義」は相反するものであり、同族でもあるということ。)

結局、誰でも出そうと思えば出せる「やる気」の方が労働者側にも受け入れやすいので、「やる気主義」と「成果主義」は奇妙な親和を遂げることになったということです。

求人広告:「やる気のある社員を求め、成果主義を取り入れています」の矛盾

著書では、「うちの会社はやる気のある社員を求め、成果主義を取り入れています」といった宣言文句が求人サイトに掲載されていますが、そこに矛盾が生じていることにお気づきでしょうか?
企業に両者(やる気と成果)を区分する意識が低いことを既に物語っていると著者は指摘しています。

成果主義の失敗

成果主義の導入により、やる気主義が強化されたというのは先に述べた通りです。

「額に汗したものが報われる社会に!」「頑張ったものが報われる」という言葉の裏を見ると、「仕事を要領よくこなしたり、頭をひねって楽な方法を思いついたりすることをずるいこと、よくないこと」と捉える風潮や「頑張らないと報われない」とも言えます。

それはたとえ成果をあげても頑張り続けないと認めないということですし、とにかく頑張ることや苦労することが尊いといった努力至上主義になってしまい、ホワイトカラーのような頭一つで成果を出す職種が行う見えない苦労は認められないということにも繋がりかねません。

成果主義を導入すると、結果が最重視され、社内でも争い合うので、人間関係の悪化やストレスの増加などが懸念されます。
本来、成果主義には生産性の向上や生産性の低い人材の淘汰という目的がありますが、その実、そうしたギスギスとした会社の雰囲気が嫌になり辞めていくのは優秀な従業員だという皮肉な結果にもなっています(加えて、日本では、生産性の低い従業員(労働者)を解雇するといった解雇権の行使が非常に困難)。

やる気を出すには「何らかの理由や原因」が必要

「やる気を出せと言われても、出せるものではない」、そう反論したい労働者も多いことでしょう。

「やる気があるなら、上司に言われる前にとっくに出してるわ!」「そもそも、やる気が起きないのは…(不平不満が続く)のせいだ」と…続くはずです。

それもそのはず、やる気は出せと言われて出すものではなく、『「やる気」は何らかの原因(理由)があって生まれるもの』だと著書では述べています。
(内発的動機づけが大切と言われるのはこのためです)

やる気の原動力としては、仕事がそもそも楽しい・面白いとか、もっと(作業が)上手くなりたい、効率的にこなせるようになりたい、(周りから)認められたい、尊敬されたい・感謝されたい、出世したい・給料を上げて欲しいといった動機があり、その動機は人それぞれです。

従って、やる気を出させるには、その動機を満たすような条件、環境、仕組みを用意してあげることが必要です。

例えば、今している仕事の背景・意味を教えてあげて面白さを見出させたり、待遇を良くする、公平な評価制度を整える、仕事がうまくできれば褒めてあげ、認めてあげるといったことです。

ですが、そうしたことをやるにはそれ相応の手間と費用をかける必要があります。多くの企業では制度等はあれど正しい運営が出来ない、徹底出来ないなどジレンマを抱えているのが現状でしょう。

加えて問題なのが、「見せかけのやる気」と「本物のやる気」どちらも人の心のうちにあるものなので、やる気の真贋が分からないということです。
つまり、見せかけのやる気でもまかり通ってしまうので、個人・組織がそれ(見せかけのやる気)で良しという雰囲気になっていきます。
その結果、見せかけの不要な業務が膨張し、非効率な仕事のやり方が定着したり、やる気を見せるために、過剰な管理をしたりといった「やる気のアピール合戦」が行われるようになります。

皆さんの会社でも、「なぜか良く分からないけど、いつも遅くまで残っている社員がいる」といったことはありませんか?

著書では『「本物のやる気」は目的へ向かい、成果をあげるための心的状態だが、「見せかけのやる気」の先には目的も成果もない』と述べています。
「見せかけのやる気」のアピール合戦が蔓延している企業では、本来果たすべき目標の達成が困難だということは言うまでもありません。

「やる気主義」からどうすれば抜け出せるのか?

一つの解決策として、「所有感」こそが自発的なモチベーションを生むと提言されています。また、「やらされ感」は「やる気主義」によってもたらされ、「所有感」は「やる気主義」を捨てるところから得られるとも述べてあります。

とは言え、「やる気主義を捨てなさい」と言われても、組織に蔓延しているやる気主義を捨て去るのも簡単ではなさそうです。

やる気に対する考え方として、そもそも成果の大小があってそれに対して個人やチームが評価されるのであって、少なくとも「やる気の程度(大小)」で不利益を受けないという権利がある訳です。

前にも少し触れましたが、優秀なホワイトカラーともなれば「目に見えるようなやる気」がなくても成果を出す訳です(アウトプットまでの間は、頭で考え、脳内処理するので、むしろいかにもといったやる気が見えにくい)。
著書でも、やる気が「客観的な成果」に結びついてはじめて他人や組織、社会に利益をもたらすと述べています。

また、やる気とは本人のものであり、他人がそれを出させようとコントロールしようとしてはならないし、コントロール出来るものでもありません(見せかけのやる気は別にして、本人ですらやる気のコントロールは難しい)。

従って「やる気主義を捨て去る」のであれば、こうしたやる気に対する考えを頭に入れておくことが大切だと思います。

さて、話を戻して、自発的なモチベーションを生むと言われる「所有感」に関しては、「自営業」と「サラリーマン」の働き方の違いを想像してもらうと分かりやすいと思います。

自営業の方は、仕事を自分で所有しており、誰からも「やる気を出せ」とは言われないしやる気を出しても評価されません(評価されるのは結果のみ)。
しかし、仕事のプロセス、仕事の成果は自分がコントロールしているのでいざとなれば頑張って働くことが出来ます。自営業の人たちは、自分の仕事、自分のお店だから他人から言われなくても頑張るのです。これが仕事に所有感持つということです。

以前書評の中で、京セラの創業者である稲盛和夫氏の話を取り上げました。

簡潔に言えば、「先輩方から引き継いだ仕事に自分なりの付加価値を付けて、次の人に渡すことが出来ればそこに自分の存在価値があった」と言えるという話です。

本書でも所有感の持つ意味を次のように述べています。

人は所有感を持つことで、その中に色々と詰め込むようになります。仕事の目標、やり方、自分なりのキャリア観や将来像、職場の人間関係、私生活との両立などあらゆることを考え、それらを現実の仕事と頭の中で結びつけていきます。それらを自分の意思でコントロール出来る訳だから、仕事に対する責任感も自ずとつきますし、仕事に対する評価も真正面から受け止めようとします。

実際、この所有感の有無が欧米と日本との労働生産性の違いに表れています。

欧米の場合は、各個人に仕事の権限が与えられ、またその職務の範囲も日本と比べ明確です。つまり、その任された業務に関しては、責任とともに一国一城の主として扱われます。

一方、日本では、「チームで業務をこなす」という昔ながらの慣習もあり、職務範囲が非常に不明確(責任や分担、個人目標が曖昧)なので、欧米に比べ仕事に所有感を持ちづらいということが言えます。

また、所有感を持つことによって「チームワークが良くなる」ことが挙げられています。自分の仕事を成し遂げるには、他人の力を借りなければならないし、仲間と協力しなければなりません。その方が結果的により自分のためになるからです。

一方、日本人こそ助け合うというイメージがありますが、データ上は逆の結果が出ています。
「同僚を信頼できるか」「ノウハウを仲間に教えるか」「職場の仲間を助けるか」といった質問に対して、欧米と比べ日本はいずれの質問に対しても20%ほど低い値が出ています。理由として、目的達成のために周りと積極的に関わっていく意欲が足りない、そもそも受け身でこなしているといったことが考えられると述べられており、仕事への「所有感のなさ」がこうした結果を招いていると思われます。

さて、「所有感」を持たせる方法として、権限委譲、裁量を与える、目標を自分たちで決めさせる、将来のキャリアプラン(転職や独立も含め)を提示してあげるなどが紹介されています。要は日々の仕事から将来のキャリアまで自分の意思と能力によって決めることが出来る仕組みが大切だということです。
その他、企業事例として「未来工業(資材メーカー)」や「21(メガネ販売)」の事例も紹介されていますので、興味がある方はこの企業(経営者)が出版している書籍を読まれるのも良いと思います。

求められるリーダー像「スイーパーリーダーシップ」

最後に求められるリーダーシップについて紹介します。

本書では、「スイーパーリーダーシップ」というリーダー像が提言されています。
「スイーパー」と言えば、日本人の多くは「カーリング?」を想像されると思いますが、まさしくそれで正解です!

つまり、カーリングの「スイーパー」役のようなリーダー像を目指しなさいということです。カーリングの「スイーパー」と言えば、「掃き手」のことです。
(1)ブラシを使って、ストーンが通過する氷上のゴミを取り除きます。
(2)そして、ストーンの位置と動きを見ながら、
(3)氷の表面を滑らかにし、ストーンを目標となる場所へと導いていきます。

このスイーパーの役割が、そのままリーダー像へ当てはまるという訳です。

(1)部下が直面うる障害を取り除き
(2)目標へ向かう「動き」を見定めながら
(3)成果があげられるように「支援」する

ちなみに、同じようなリーダー像で「サーバントリーダーシップ」を想像される方も多いと思いますが、「スイーパーリーダーシップ」の方が具体的にどんな役割をするべきなのかがイメージしやすいというのが著者の主張です。

まとめ

(ちなみにこの記事は太田肇氏ご本人にリツイートして頂いてもらってます。)

この記事(著者:太田肇、「見せかけの勤勉の正体」)を読むと、以下のことが分かります。

・日本人は仕事に真面目でやる気があると思われていたが、そのやる気は「見せかけのやる気」だった可能性がある。
・昔は、見せかけのやる気でも問題なかったが、現在は勘やひらめき、心のこもったサービスなど「人間特有の能力」が求められ、「本物のやる気」しか通用しない世の中となった。
・やる気という主観的なものが評価されることで従業員間の不平不満、モチベーションの低下が生まれている。
・そもそもやる気というものは何らかの原因があって生じるものであり、「やる気を出せ」と言われて出せるものではない。従業員のやる気を生み出す仕組みを企業内に作り上げることが大切。
・本物のやる気は仕事に「所有感」を持たせることで生まれる。加えて、企業に存在する「社員のやる気をなくす要因」を取り除いてあげることも非常に重要。
・新しいリーダーシップ像として「カーリングのスイーパー役」をモデルとした「スイーパーリーダーシップ」を提言している。
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