【落合博満氏講演会2020・名言】今も結果を出し続けるオレ流が語る、本物のリーダーとは
福岡県社会保険労務士会主催のイベントで、元中日ドラゴンズ監督の落合博満氏を招いての講演会が2020年2月18日(火)にアクロス福岡で行われました。
プロ野球選手、そして監督、GM(ゼネラルマネージャー)と、様々な経験をしてきた「スポーツ界のレジェンドが考えるリーダー像」に興味があったので講演会に参加してきました。
プロ野球選手や監督時代の裏話なども交えた1時間30分の講演会はあっという間に終わり、スポーツの世界のみならずビジネスの世界にも使える非常に示唆に富んだ内容でした。
本記事では、備忘録も兼ねて印象に残った話を紹介しています。
講演会ではプロ野球界のちょっとした裏話もありましたが、その辺りは自重して載せておりませんので悪しからず。
元プロ野球選手・元監督でもある落合博満氏とは?
現役時代
現在(投稿日時点)、66歳(1953年12月9日生まれ)の落合博満氏ですが、現役生活は1979年から1998年まで通算20年です。
史上唯一、三度の三冠王に輝いたことでも有名ですが、達成したのが1982年、1985年、1986年の出来事ですし、私(のような年齢)でも、巨人へFA移籍した際の記者会見が朧げながら記憶に残っている程度なので、今時の若い野球ファン(あるいは、にわか野球ファン)だと、あまり詳しく知らないという方もいるかもしれませんね。
以下、Wikipediaからの情報です。(詳細は、落合博満–Wikipediaへどうぞ!)
同氏は、1997年にロッテに入団し、中日、巨人、日本ハムでプレーし、1998年に現役を引退しています。
主要打撃タイトルだけ見ても、首位打者、ホームラン王、打点王をそれぞれ五回ずつ、三度の三冠王など錚々たる成績を残されています。
それだけでなく、43歳になる年のシーズンでも、巨人で4番を務め(同球団最年長記録)、その年でも打率3割を越すなどやはり類稀な選手だと言えます。
「晩年でも活躍していた」印象があるので記録を知ってやっぱりなぁと思いました。
また、日本人初の1億円プレーヤーであり、「プロ選手はお金で評価されるもの」という持論など、発言でも何かと注目を集めました。
監督時代
落合氏が中日ドラゴンズの監督を務めたのが、2004年から2011年シーズンまでの8年間で全てAクラス入り(3位以上)を果たしているだけでなく、うちリーグ優勝4回、日本シリーズ優勝1回という素晴らしい成績を残しています。
ちなみに、落合監督退任以降、2012年の2位を除き、2013年から2019年までの7年間全てBクラス(うち、5位4回、最下位1回)と低迷しているのが中日ドラゴンズの現状です。
(とは言え、2013年10月〜2017年1月までは同氏もGM(ゼネラルマネジャー)を務めているので、全く関係がないという訳でもないのでしょうが…)
最後に、ドラゴンズの注目株と言えば、2018年のドラフトで入団した根尾昂選手が思い浮かびますね。
落合博満氏の講演会の内容
さて、落合氏の経歴、実績、逸話等はWikipedia等の他サイトに譲るとして、ここからは本題の講演会の内容をお届けしたいと思います。
結果を出すこと以外、考えないし、やらない
選手時代であれ、監督時代であれ「結果を残す、結果を出す」ということを非常に大切にされていたそうです。
プロの世界はとても厳しいものです。
同氏は1978年ドラフト3位でロッテに入りましたが、社会人野球を経てのことだったので、入団時25歳という当時としては非常に遅いプロ入りでした。
同氏曰く、「ドラ1は球団が5年ぐらいは面倒見てくれるけど、ドラ3はそうは行かない。クビにならないために、自分のために野球をしなければならなかった」と言っておられました。
どうやったらこの世界で生き残れるか、また生きていくためには何をしなければ駄目なのか、そうしたことを考え実践し、結果を残してきたそうです。
従って、野球で結果を出すということ以外、他のことに構う余裕なんてないため、後輩などの面倒(食事に連れて行ったり)をあまりみなかったことで「あいつは面倒見が悪い」と揶揄されたそうです(そもそも、自分が先輩に連れ回されるのが嫌いだったという理由もあります)。
また、監督時代には、契約書内容に「優勝」という文字が書かれているので、「優勝するためにどうするか、どうやって勝つか」ということしか考えていなかったそうです。監督インタビューでのそっけない受け答えなどからサービス精神がないと言われていましたが、それも勝つためにはの手段の一つだったようです。(一説によれば、身内の記者にチームの内部情報(例えば選手のケガの程度)を話せば、それが他チームに漏れることを懸念したそうですし、サービス精神なんかなくても、「勝てばファンはついてくる」が持論)
中日ドラゴンズの監督だった8年間で、4度のリーグ優勝を果たしていますが、「8分の8(8回の優勝)じゃないのが悔しい」と講演中に仰っていました、そのぐらい結果に拘るという姿勢がとても印象的でした。
自分に期待される役割を果たす
「結果を出すこと以外、考えないしやらない」の内容と重複する部分もあるのですが、落合氏は「自分に期待される役割を果たす」の一例として、プロ野球選手の門田博光氏(南海(現:ソフトバンク)やオリックスで活躍、本塁打王3回、打点王2回獲得するなどの名選手)の逸話を話してくれました。
門田氏はアキレス腱を断裂した経験があるため、足が悪かったそうです。そこで、「ホームランを打てば足に負担はかからない。これからは全打席ホームランを狙う」という結論に至り、落合氏曰く「3打席目まではホームラン狙い、4打席目は四球でも良い」というプレースタイルを貫いたそうです。ちなみに、4打席目が「四球でも良い」のは、試合終盤で代走が送れるので、自分が走る必要がなくチームに迷惑をかけないからという理由です。
門田氏は、4番(もしくは3番)バッターでしたから、当然、打撃面での活躍を期待されています。4番と言えば、ランナーを返す(打点を挙げる)のが仕事です。ホームランを狙いつつも、4打席目は四球でも良しとする姿勢は、まさに自分の能力(長所は長距離打者(ホームランバッター)、但し足に不安あり)を踏まえたうえで期待される役割を如何にして果たすか、ということに徹頭徹尾拘ったものだと言えます。
落合氏も、自分に期待される役割(監督であれば「優勝」の二文字しかない)を果たすために最善を尽くしていたことは先ほど述べた通りです。
適材適所に任せる度量
落合氏は打撃以外は詳しくはないので、コーチなどの専門家に全て任せていたそうです。
その理由として、監督がなんでも首を突っ込んで、選手にアドバイスをするのは良くない。監督といえど、専門外の分野は(専門家から見れば)素人同然です。しかし、選手はどうしても「監督>コーチ」だと考えるので、コーチよりも監督のアドバイスを信じてしまいます。そうなると、極論すれば、選手が素人の言うことを信じてしまうということになり大変なことになります。
だから、勝つためには自分の周りに良い人材(自分より詳しい専門家)を揃え、彼ら(専門家)に任せる度量が大事だということでした。
加えて、選手時代にどれだけ活躍したとしても、教えるのが下手なコーチもいます。逆に、選手時代の実績はあまり大したことがなくても、教えるのが上手なコーチもいます。そうした適材適所を見極めることもリーダーには必要です。
自分が全て正しいという考え方はやめる
「2=2」?、「2=1+1」?
否、『2=∞』である」
(実際に講演会中に落合氏が聴衆に対して質問した内容を元にしています)
落合氏の「『1+1=2』、では『2=○』?」という質問に対して講演会の聴衆は、「2=2」と答える人が多かったですが、皆さんの答えを聞きながら、私は頭の中でなんで「2=2」ばっかりなの?、「2=1×2」とか「2=6÷3」「2=36÷18」とか一杯答えあるのになぁ…と不思議に思いながら聴いてました。
この例題が示すことは、右辺の「○」に入る答えは、人それぞれ(無限:∞)という訳です。つまり、様々な考え方があって当然であり、それを受容、受忍することが大切だということです。
SNSの炎上や、Yahooニュース等のコメント欄からも窺える通り、自分の考えが全て正しいと思い、自分とは考えの違う人に対して、批判したり、攻撃的になる人が多くなっていますが、(考え方のみならず)多様性を認める気持ちが大切です。また、物事に対応するときの考え方を変えてみることが、ストレスを溜めない方法でもあると同氏は仰っていました。
「やり方(過程)」ではなく「結果」をみる
そして、もう一つこの「2=○」という質問から学べることは、「結果が出ればやり方は問わない」ということ考え方です。
「2=∞」であるという前提に立てば、野球における練習方法だって様々なやり方があるということです。
しかし、なまじ名選手がコーチであったりすると、自分のやり方こそが正しいというスタンスで「こうしろ、ああしろ」と事細かく指導する方がいらっしゃいます。ですが、それではダメだということです。
まず、第一にそのコーチの考えるやり方が、万人に合うということはありません。コーチ本人には合っていて、それで結果を残せたかもしれませんが、他の選手にもそのやり方が合うかどうかは分かりません。
だからこそ、自分の考え方とは違う練習方法であっても、認めてあげることが必要だということです。考え方ややり方が自分とは違っていても、それで結果が出るのであれば問題ないという姿勢を持つことが大切です。
なぜこれが大切かと言えば、「考え方が違う」ことは場合によっては「常識とは違う」と捉えられ、唯一無二の個性が矯正されてなくなったり、凡庸になってしまう可能性もあります。
例えば、メジャーリーグのパイオニアである野茂選手のトルネード投法や2019年に現役を引退した元メジャーリーガーのイチロー選手の振り子打法などは、「普通や常識とは異なる」と捉えられ、しばしば矯正されそうになったという逸話があります。本人の強い意思や優れた指導者との出会いがなければ、野茂選手やイチロー選手が現れなかった可能性もあります。
「結果が出るならやり方は問わない」という考え方は、経営者、上司などリーダーとして持っておきたいものですが、法律や人に迷惑をかけないなど人間としての倫理観を守った上で、ということを付け加えておきたいと思います。
求める「結果」が得られないのであれば、「考える」余地を残しつつ導いてあげる
「そのやり方じゃ駄目だ」
「こういう風にやれ」
「やっぱり駄目だっただろ」
といった台詞や指導は、本人が自分で考えることをやめさせてしまうから指導方法としては駄目だと仰っていました。
仮に、選手が今やっている練習を続けると、いずれそれが無駄だったと気づくということが分かっていても、コーチが「それをやっても無駄だ」とか「こうしろ。こうやれ」と言ってしまうと、以後自分で考えず、コーチに言われたことだけ従うようになってしまうので良くないからです。
大切なことは、何をやれば結果が出るのかを自分で考えた上で、自分のやりたいやり方でやってみる。そして、駄目だと気づいた場合は、また違うやり方を考えてみるということです。
このように、自分で納得しながら、未練を残さないようにしないと、本当の意味で前に進めません。
どこかに未練があったり、自分自身が納得していないと、指導してもまた元に戻してしまったり、或いは本気で取り組めなかったりするからです。
そして、結果が出ない時こそ、必要なのがコーチやリーダーの助言やアドバイスが必要になります。
その際は、「こうやれ、あれをやれ」と一方的な指導ではなく、「こうしてみたらどうか?」「こっちをやってみたら?」といった考える余地や選択の余地を残し、理解と納得を得ながら指導し導くこと大切です。
「無駄なことは一つもない」と天才打者二人(落合・イチロー)が語る
先ほど、「選手が今やっている練習を続けると、いずれそれが無駄だったと気づくということが分かっていても、コーチが『それをやっても無駄だ』とか『こうしろ。こうやれ』というのは良くない」ということを述べましたが、落合氏曰く「どんな練習(方法)であっても無駄なことは一つもない」とのこと。
落合氏は、寝る前に「こうしたらどうだろうか?」と頭の中で組み立て整理して、翌日実践してみるということを毎日繰り返していたそうです。
ビジネスで言えば、「問題・改善案の検討→実践→問題・改善案の検討→・・・」というサイクルを繰り返すことと同じです。
そうした何千、あるいは何万回もの試行錯誤を繰り返した結果から生まれた「どんな練習であっても無駄なことは一つもない」という言葉には非常に深いものがあると思います。
なぜなら、プロは結果が常に求められる世界です。そもそも、早く結果を出さないとクビになります。だから「普通は出来れば無駄なことをしたくない。『無駄=失敗。嫌なもの」と考えるはずです。
ですが、それでもなお、「どんな練習であっても無駄なことは一つもない」と断言できるという境地は、我々凡人には簡単に理解できないものがそこにはあるのだなと思います。
ちなみに、偉人達も落合氏と同じようなことを言っています。
「それは失敗じゃなくて、その方法ではうまくいかないことがわかったんだから成功なんだよ」と言ったエジソン然り、「成功するまで続ければ失敗はない」と言った松下幸之助氏然り、無駄なことは何一つなく、その失敗を次に活かせば良い、違ったやり方をやってみれば良いという発想はビジネスの世界でも非常に大切です。
実は、天才打者・イチロー選手も同じように「全くミスなしで辿り着くことは出来ない」「遠回りすることは大事」「無駄なことって、結局無駄じゃない」「遠回りすることが一番の近道」と言ったことを稲葉篤紀氏(現・野球日本代表監督)との対談で答えています。
(映像:11分01秒〜、8分34秒からの「人体を理解する」のテーマは一見の価値あり)
紹介したインタビューでイチロー選手も「無駄だと思ってやっているわけではないが、後から思うとすごい無駄だったと分かることは大事」と言っています。
「駄目だった、無駄だった」ということが自分自身で分かって腑に落ちたことで、同じことを繰り返さなくなるし、本当の意味で次に進むことに繋がるのではないでしょうか。
書籍「働き方の教科書(著:新将命)」の中に、「目標のない努力は「徒労」に終わる」という言葉がありました。
野球選手であれば「野球が上手くなる」という目標を掲げ、努力をする訳ですから、徒労にはならず、何かしら得るものがあるということになります。
(どんな練習であっても無駄なことは何一つないということからも見て取れます)
きっと企業経営も同じで、こうすれば会社の業績が良くなるのではないか、組織の雰囲気が良くなるのではいかと目標を立てて努力をすれば、仮に結果が伴わないとしても、その努力自体は絶対に無駄にはならないということだと思います。
「損得」や「効率」を重視し、最短距離で目指そうとする世の中ですが、結果的に「無駄」だったとしても「遠回り」しながら学ぶことも大いに意味があるということでしょう。
感想
「知る努力」と「伝える努力」を続ける
「適材適所に任せる」「自分に期待される役割を果たす」「結果を出す」と言ったことを実践するためには「知る」と「伝える」という2つが大切です。
「知る」とは、自分や相手の能力、性格、考え方などを「正しく知る」ということ。「伝える」とは、求める期待や結果を相手に「正しく伝える」ということです。
「適材適所に任せる」ためには、その人にどんな能力があって、どんな性格でどんな考え方をするのかなどを知っていなければ、その人に合う役割(適所)は分かりません。自分自身も能力を知り、適所を見つけなければなりません。
また、結果を出すにしても、自分に求められる役割や期待(望まれる結果)が伝っていなければ、あらぬ方にエネルギーを傾けてしまって、徒労に終わることもあります。
つまり、「知る」「伝える」をなすには、日頃のコミュニケーションが重要だということです。
落合氏が中日ドラゴンズの監督時代に「暴力禁止。暴力を振るったら誰であろうとユニホームを脱がせる(引退、クビにする)」という方針を明確に打ち出したそうです。
そうした方針が出ても、それまで中日ドラゴンズでは鉄拳制裁等の暴力が日常茶飯事だったため、ずっと選手が疑心暗鬼だったそうです。結局、「暴力を振るわれることはない」と選手が心から理解するのに5年かかったそうです。
この話は、「パワハラを一掃する」ということが大変難しく時間がかかるということを示唆しますが、同時に「何かを伝えたとしても、本当に理解してもらい、納得してもらうのは難しいし、時間がかかるもの」ということも示していると思います。
皆さんも、日頃から「知る努力」と「伝える努力」を忘れないようにして下さい。
「指示待ち人間」大いに結構
最近の新入社員の中には「指示待ち人間」が多いという話がありますが、落合氏は講演会の中で「指示待ち人間、大いに結構」と言われていました。
「指示がなければ動けない」というのは言い換えれば、「指示があれば動く(従う、こなせる)」ということです。つまり、その社員は、そういう(指示があれば動く)レベルにしか到達していないということです。
落合氏の監督時代は、ドラフトで指名した選手の一年目は、プロで通用する体作りに費やしていたそうです。これは、(才能はあっても)まだプロでやる体ではない、プロに見合う実力がないということを十分理解していたからです。
何が言いたいのかと言えば、ドラフト指名選手にしろ、指示待ち人間にしろ、その人が「どのレベルにあるのか」を見極め、次の目標に向けて一つひとつ階段を昇れるような指導なり教育なりを行わなければならないということです。
新入社員に対し「なぜ、できないのか」と上司や先輩は嘆きますが、現時点では残念ながら期待に応えるだけのの実力、能力がない訳です。
そして、できないのには、理由があります。「基本」ができていない、「まだ教わっていない」など何らかの理由が存在するはずですから、「できない理由」を見つけ、出来るようになるまで教育することが必要です。
先ほどのドラフト選手の育成の話に戻りますが、仮に一年目のトレーニングで身体がある程度出来ても、まだ守備のレベルが足りないかもしれません。守備が通じるようになっても、打撃のレベルが足りないかもしれません。そうやって足りないものを出来るようになるまで何年もかかって育てていくことになります。(とは言え、プロですからこれ以上見込みがない(才能がない)と判断されればクビになる世界ですが)
つまり、10の力しかない人に、いきなり15のことはやれません。「11、12、13・・・」と、一つずつ階段を昇らせるために、地道な教育とそれに見合う時間が必要となりますが、根気よく続けるのが指導者(上司や先輩)の役割なのです。才能あふれる選ばれたプロ野球選手ですら、入団後3~5年かけて育ててやっと一軍でプレーできるレベルになる訳です。
我々ビジネスの世界もそれなりに厳しい世界ですが、人材をゆっくり時間をかけて育てるという心の余裕を少しでも持ちたいものです。また、人が成長するには時間がかかるということを前提に人材採用・人材教育の計画を立てる必要があることは言うまでもありません。
どんな世界でも代役はいる。逆を言えば…
とは言え、プロの世界では努力を続け能力を伸ばしていっても、最後に「才能」という振るいにかけられます。ある年のドラフトで入団した選手がもう一人しか残っていないなんて言うことはプロの世界ではザラにあります。
ですが、企業における人材育成の世界では、プロの世界ほどの「才能」の壁はないはずです。なぜなら、企業内人材と言ったレベルであれば、一部特殊な職業を除き「代役はいくらでもいる」からです。
こうした話をすると、「結局、自分は歯車の一部に過ぎないのか」「居ても居なくても一緒なのか」という気持ちになりがちですが、あの落合氏ですら、「(プロの世界であっても)自分の代役はいる。だから、手を抜かずより上手くなるよう練習しなければならない」と仰っていたほどですから、必要以上に悲観することはないのだと思います。
むしろ、「代役はいくらでもいる」というのは、考え方を変えれば誰でも頑張れば一人前の戦力になることが出来るということです。ましてや、プロの世界ほど「才能」という壁はないのですから、一般のビジネスマンであれば尚更です。
だから、誰でも努力すれば玉石混交の中から抜け出して一人前の戦力となれますし、経営者や上司といったリーダーは、「指示待ち人間」であろうと、地道な教育と時間さえかければ、一人前に育てることが出来るといことを理解しておかなければなりません。
是非とも、「なんでこんなこともできないのだ」と匙を投げず、相手がどのレベルにあり、何が足りないのかを見極め、かつ、自分のやり方を押し付けず、相手の考え方を受容し、考える力が養えるように指導者として導いてあげて欲しいと思います。
まとめ
以上、2020年2月に行われた落合博満氏による講演会の内容を私なりにまとめてみました。
同じ講演会を聞いても、人によって気づきを得られる部分は違うでしょうが、本記事の内容が皆様のお役に立てば幸甚です。
本物のリーダーとは・・・
- 結果を出すこと以外、考えないし、やらない
- 自分に期待される役割を果たす
- 適材適所を見分け、任せる度量を持つ
- 自分が正しいという考え方は捨て、色んな考え方があるということを受容する
- 考え方ややり方ではなく、「結果」に目を向ける
(結果を出せているのであれば、ある程度やり方は受容してあげる) - 「これやれ。あれやれ」と言った選択の余地のない指導ではなく、「こうしたらどうだろうか?」と本人に考える余地を残した指導が求められる