【書評「鬼十則」意味・感想】電通過労死自殺事件の原因はブラック「鬼十則」?吉田秀雄社長が残した鬼十則はビジネスの原理原則
我々、人事・労務に携わる社会保険労務士(以下、社労士という)のみならず、社会的にも注目を集めた電通の過労死(自殺)事件が起きたのが2018年12月25日。東大卒の入社一年目、まさにこれから日本の将来を支えていく若い人財が失われたとあって、今もなお我々の記憶にも深く刻み込まれています。
また、この事件をきっかけに日本人の「働き方」を改めて考えることとなりました。
そんな中、事件当時マスコミが電通の「鬼十則」がこの事件の一因にもなっているのではないか?といった論調の報道を見た覚えがあります。
その時から「果たしてそれは本当なのだろうか?」とずっと頭に引っかかっていました。本当に今更ながらですが、最近になって電通「鬼十則」について書かれた書籍(植田正也著:「電通鬼十則」/PHP文庫)を読んだので、その書評も兼ね電通「鬼十則」とその意味を見ていきたいと思います。
記事の題材である「株式会社電通」と「鬼十則」を扱う場合、どうしても冒頭で挙げた「過労死(自殺)事件」が頭を過ぎります。
しかしながら、本記事の内容は「電通十則」と「ビジネスにおける一般論」を結びつけた記事であり、特定の故人を傷つけるような意図はございません。事件には深く触れず、文章も出来る限り配慮したつもりです。ですが、こちらの意図しない部分で、故人の関係者の方が不快な気持ちを持たれてしまったのであれば、この場を借りてお詫び申し上げます。また、記事中の表現等で気になる箇所があれば、「お問い合わせフォーム」からご指摘・ご助言頂けると幸甚です。
電通「鬼十則」とは?
電通の「鬼十則」(読み方:おにじゅっそく)とは次の10項目を言います。
1.仕事は自ら創るべきで与えられるべきでない
植田正也著:「電通鬼十則」より(一部改変)
2.仕事とは先手先手と働きがけて行くことで受け身でやるものではない
3.大きな仕事と取り組め。小さな仕事は己れを小さくする
4.難しい仕事を狙え。そしてこれを成し遂げる所に進歩がある
5.取り組んだら放すな。殺されても放すな。目的完遂までは
6.周囲を引き摺り廻せ。引き摺るのと引き摺られるのとでは永い間に天地のひらきが出来る
7.計画を持て。長期の計画を持っていれば忍耐と工夫とそして正しい努力と希望が生まれる
8.自信を持て。自信がないから君の仕事には迫力も粘りもそして厚味すらがない
9.頭は常に全廻転。八方に気を配って一分の隙もあってはならぬ。サービスとはそのようなものだ。
10.摩擦を怖れるな。摩擦は進歩の母。積極の肥料だ。でないと君は卑屈未練になる
電通「鬼十則」を作ったのは誰?
「鬼十則」を作ったのは、電通4代目社長の吉田秀雄氏(1903年福岡県小倉生まれ。東大卒)です。この方は今の電通の礎を作った方で「広告の鬼」とも呼ばれています。また、この方をモデルにした書籍も出版されています。人物像に興味がある方は、「われ広告の鬼とならん」や「この人 吉田秀雄」(いずれもリンク先はアマゾン)といった書籍を一読してみて下さい。
事件当時、報道されたのは鬼十則のこの項目
事件当時、報道されたのは、
の項目でした。勘の良い方であればあたりが付いたかもしれませんね。
鬼十則の10項目の中でも強烈なワード(「殺されても」)が入っていますし、視聴者の注目を集めやすいといった理由もあって、マスコミでも取り上げられたのだと思います。
この項目が長時間労働の助長、またはサービス残業の黙認といった雰囲気を作り出しており、過労死(1ヶ月の残業時間が100時間を超えていた)に繋がったのではないか?ということのようです。
「鬼十則」の意味と感想
もう一度、鬼十則を見て頂きたいのですが、
1.仕事は自ら創るべきで与えられるべきでない
植田正也著:「電通鬼十則」より(一部改変)
2.仕事とは先手先手と働きがけて行くことで受け身でやるものではない
3.大きな仕事と取り組め。小さな仕事は己れを小さくする
4.難しい仕事を狙え。そしてこれを成し遂げる所に進歩がある
5.取り組んだら放すな。殺されても放すな。目的完遂までは
6.周囲を引き摺り廻せ。引き摺るのと引き摺られるのとでは永い間に天地のひらきが出来る
7.計画を持て。長期の計画を持っていれば忍耐と工夫とそして正しい努力と希望が生まれる
8.自信を持て。自信がないから君の仕事には迫力も粘りもそして厚味すらがない
9.頭は常に全廻転。八方に気を配って一分の隙もあってはならぬ。サービスとはそのようなものだ。
10.摩擦を怖れるな。摩擦は進歩の母。積極の肥料だ。でないと君は卑屈未練になる
先ほど取り上げた第5項目に限らず、どの項目もそれなりにパンチの効いた表現(表現が古い(笑))です。特に現代人(若い方)は「昭和の古い考えで、今の考えとは馴染まない」といった否定的な意見を持たれる方も多いと思います。
ですが、電通「鬼十則」の著者:植田正也氏は、この鬼十則を不易流行の原理原則であると述べています。また、「鬼十則」は、仕事とは何か、ビジネスとはいかなるものか、生きるとは何か、の原理原則を教えており、たった10項目、309文字の中に生きることとビジネスの魂が詰め込まれていると仰っています。
確かに字面だけ見ると今の方々に馴染まないのかもしれません。しかし、その一つ一つの項目を読み解き、しっかりと本質に目を向ければ著者が主張していることは至極当然のことだと私も思います。
それではここから鬼十則の各項目を見ていきたいと思います。
(1)仕事は自ら創るべきで与えられるべきでない
(2)仕事とは先手先手と働きがけて行くことで受け身でやるものではない
社会人になると分かりますが、過去の遺物(功績)で長年経営している会社は多いです。昔からある商流(売買ルート)、商権、商材にしがみ付いているパターンです。
著書の中では、バブル期のように右肩上がりの時代で、何もしなくとも仕事が湧いてくるような時代に生きていた方は、仕事を待つばかりで新しい何かを創造する力が欠けていると述べています。
「格安スマホiphone8へ乗り換え!手順やMNP・ライン(LINE)引き継ぎの注意点【ドコモからmineo(マイネオ)へ】」でも触れていたように、一度決めた取引先や商品を別のものに変更する際には、スイッチングコストが付きまといます。昔は、品質の高さや稀少性などでスイッチングコストも高かったと思いますが、今は様々な情報が簡単に手に入り、安くてより良い代替品が探しやすくなっています。また、流行や口コミがきっかけである日を境に全く売れなくなったり、逆に爆発的に売れだしたり、その業界のプロでも読めない部分も多いものです。
だからこそ、現状に満足せずに、新しい情報を仕入れ先手先手で働きかけていく行動力が求められるのです。
自分の売りもなく自立できていない「サラリーマン(月給取り)」となるか、専門職をもった自立した「ビジネスマン」となるか。今の時代どちらが求められているのかは言うまでもありません。
(3)大きな仕事と取り組め。小さな仕事は己れを小さくする
(4)難しい仕事を狙え。そしてこれを成し遂げる所に進歩がある
言わずもがな大きな仕事や難しい仕事に取り組むことで、自分自身を成長させる機会を得ることが出来ます。
大きな仕事に取り組めば、それだけ大きな視点・視野を持てますし、難しい仕事であれば、創意工夫や他人との協力が必要だったり、行動力や決断力、そして困難に挑戦する力が必要となります。そのような大きな、そして難しい仕事を通してこそ、人間は成長するものです。
また、同時に経営層や上司が、部下の能力よりも少し難しい仕事ややりがいのある仕事を与え、成長を促してやらなければなりません。そのためには、部下の能力を知る、見極める力が必要になります。何が得意なのか一方で何が苦手で足りないのか。強みを活かすのか、あるいは弱みを克服するのか。上司の腕の見せ所とも言えます。
何故なら「ジョハリの窓」と呼ばれるコミュニケーションモデルがあるように、自分自身のことでも気づいている部分と気づいていない部分があります。経営層や上司が、第三者の目から見てあげる、強みや弱みを発見してあげることも大切なマネジメントと言えます。
少し話がそれましたが、仕事が人を成長させる。であれば、成長出来るような大きな、難しい仕事を選ぶべきではないですか。小さな仕事、簡単な仕事ばかりしていては、成長を感じることはないでしょう。
(5)取り組んだら放すな。殺されても放すな。目的完遂までは
どうしても注目を集めてしまう第5項ですが、「著書:電通「鬼十則」」の中では、「成功の秘訣は最後までやり抜くこと」だという継続の大切さをうたった項目として紹介されています。
誰しも「継続」の大切は理解しており、継続や努力が成功に繋がることは理解しています。ですが、「継続は力なり」「三日坊主」「千里の道も一歩から」などの諺があるのは「継続することがいかに難しいか」を逆説的に証明しているとも言えます。
著書の中では、取引先の新規開拓(新規受注)をするために、何回その会社を訪問する必要があったかというデータを紹介しています。
その要点だけを述べると、初めて仕事を貰えたのが、通い始めて21.8回目だったそうです。一方、普通の営業マンがギブアップした回数は11回なんだそうです。ちなみに、相手と一応話が通じるようになるのが13.5回ということですから、あともう少しの所で諦めてしまっている営業マンが多いということがデータとして見て取れます。
鬼十則第5項目の字面だけを正直に受け取ってしまうと、なんて恐ろしい心得なんだと思うかもしれませんが、実は「継続の大切さ」を謳った項目だということです。
例えば、前述したようなデータで継続や努力を訴えたらどのように感じますか?「そうか、あと●回行けばもしかしたら仕事がもらえるかもしれないのか。諦めずに頑張ってみよう」となるのが普通なのではないでしょうか。
「ただこの資料を仕上げておいて!」と頼むのか、「この資料は次の経営会議で使う資料で、こういった内容を説明するために使いたいから、この資料やあの資料、新聞のこういったデータを使って説得力を持たせて欲しい。ちなみに、前々回の経営会議で使ったこの資料が文章や書体の参考になるから作る際には参考にして欲しい」といった具合に仕事を頼むかで、その仕上がりと取り組む意欲は雲泥の差となるはずです。少し話がそれましたが、こうした数値や基準、そして仕事の目的といった情報を仕事を頼む時に一緒に与えてあげるのも非常に大切なことなのです。
(6)周囲を引き摺り廻せ。引き摺るのと引き摺られるのとでは永い間に天地のひらきが出来る
能動的に仕事をするか、受動的に仕事をするかで、後々大きな(成長・能力の)差が生まれるということを意味している部分もありますが、著書では主体的、自立、自力本願といった言葉でこの心得を表現しています。中でも「自分の頭で自ら考えたことを自らの言葉で語り、その一致える言葉通りに自らの意志で行動をとる」という意味を持つ「「知行一致」という四字熟語での紹介が腑に落ちます。
知行一致の逆は「他人の考えや思想を他人の言葉で喋り、他人に言われて、いやいや行動すること」です。主体性を失った人、信念を感じない人、その場しのぎの発言が目に余るといった人が多いと感じるのは何も著者だけはないと思います。
(7)計画を持て。長期の計画を持っていれば忍耐と工夫とそして正しい努力と希望が生まれる
これは資格勉強等にも通じるものですが、目標や夢を持つことの重要性を謳った心得です。目標を持つことで、その目標達成に向けた行動をするようになります。逆に言えば、想わなければ実現しない。イメージしなければその先はないということです。
かの有名なディズニーランドも、ウォルト・ディズニーの「夢見ることができれば、それは実現できる。」という想いのもと幾多の苦難を乗り越えた末に、現在存在している訳です。ですが、ディズニーランドが完成することはありません。世の中に想像力がある限り、進化し続けるから(ウォルト・ディズニー名言(一部改変))。
行動を続けていくと、忍耐や工夫が身につきます。行動の全てが上手くいくとは限りません。困難に耐え、乗り越えるためには改善という名の工夫を凝らす必要もあります。やがて正しい努力となり前に進み、その先には希望(自分の夢や目標)が見えてくるようになるはずです。
例えば、資格取得という目標や夢を持ったのならば、まずは1日の中で「資格の勉強をする時間」を設けなければなりません。そもそも毎日勉強を続けること自体がある意味、忍耐でもあります。また、勉強するようになったとしても、勉強出来た日と出来なかった日もあるでしょう。内容が理解ができなければ理解ができるように、得点が伸びなければ伸びるようにと勉強の仕方も色々と工夫するはずです。そして重ねた努力が「得点」や「合格」といった形で身を結べば、目標達成という充実感やその先の希望といったものも見えるようになるはずです。
(8)自信を持て。自信がないから君の仕事には迫力も粘りもそして厚味すらがない
自信がある人は顔を見ればすぐに分かります。そして自身がある人は仕事にもそれが表れます。当然、いい仕事をするので、結果として評価や信用もついてきます。そうした好循環が更に自信を増していくわけです。では、自信がどうしたら身につくかと言えばそれはやはり経験、実績を積むことです。失敗もするでしょうが、失敗を含めた経験こそが自信への第一歩です。
著書では、自信のない方というのはどういう人なのかと言えば、周囲が自分を受け入れてくれないと思うことで自信を失っていくケースが多いと述べています。であれば、まず周囲を自らが受け入れ、そして、人間は平等でないということに気づいて受け入れることを薦めています。
平等だと思っているから、平等でないことに出会うと委縮して自信を失ってしまうという悪循環に陥ってしまいます。「違い」を容認することで自信を失わずに済むし、一人ひとり違うことを理解していれば、自分の個性、長所を伸ばすことが自信にもつながるはずです。
(9)頭は常に全廻転。八方に気を配って一分の隙もあってはならぬ。サービスとはそのようなものだ。
今回、鬼十則の中で一押ししたい項目がこの第9項です。
著者曰く、ここで言う「全廻転」とは、八方のことを指し、「八方」とはあらゆる方面、あらゆることに考えが及び、気配りができることを「八方に気を配る」という、と述べています。しかし、「気配り」とご機嫌どりやおべんちゃらと言った「ゴマスリ」が、混同しているのが現状です。
「気配り」は相手の心情、状況への思いやりであり、そこにはこちらのエゴがありません(尊敬の気持ちがある)。しかし、「ご機嫌取り」や「おべんちゃら」はその場限りの日和見で相手への真心はなく、エゴの裏返しでしかない(卑しさの気持ちが出る)という明確な違いがあります(あなたはどちらが当てはまりましたか?)
また、著書の中で、「本当に気配りができる方は、心理学者でもある。気配りには必ず相手がいる。相手が何を考え、何を欲しているのかがわかった時に、我が気を相手の心の中に配ることが気配りである。」と述べています。
気配りは心理学であり、気配りは気持ちの先取りであり、気配りは人間学である。ということです。
これは自分の周りにいる「気配りができる人」を思い浮かべて頂くと納得するのではないでしょうか。そういう人と一緒の空間にいると凄く心地よいですし、必然的にプラス思考の雰囲気にも包まれますし。
ですが、最近はいわゆる周りのことを全く考えない「自己中」と呼ばれる人が多いように思います。しかも、大人も子供も含めて(勿論、ゴマスリもいますが…)。簡単に言えば、プライベートな空間ならいざ知らず、公共の場でもマナーをわきまえないような人たちです。自由を履き違えています。
「歩きスマホ」「あおり運転」、「渋谷のハロウィーンでの暴徒化」など世間を騒がせているニュースを思い浮かべれば、言わんとすることはなんとなく理解してもらえるのではないでしょうか。
やはり、ビジネスマンとしてだけでなく、プライベートも含め、より一層「気配り」の出来る大人を目指したいところです。
(10)摩擦を怖れるな。摩擦は進歩の母。積極の肥料だ。でないと君は卑屈未練になる
日本の会社では、「和をもって尊しとなす」風潮がいまだに根強いです。摩擦を怖れない人はビジネスマンとしては優秀なのですが、会社の中では時に不遇に晒されるのはそのためでしょう。この風潮ゆえに、自立したビジネスマンが少ないとも言えます。
ですが、会社が発展していくためには建設的な議論は勿論必要です。昔のまま、言われるがまま、ではさらなる成長は望めません。
また、どんなに議論を重ねても、最終決定者(社長)の一存で決まるということもありますが、そうならないよう経営者自身の器、フレキシブルさに期待したいところでもあります。
さて、著書の中では、「摩擦を怖れない人」と「トラブルメーカー」は天と地ほどの差があると述べています。その違いは、モノの核心、世の道理に沿っているかどうかということです。つまり、そこに「信念があるか」「信念がないか」の違いでもあります。当然、信念とは筋が通っていることであり、思いつき、その場限り、思慮がないと言った場合はただのトラブルメーカーと呼ばれます。
また、信念のもと新しいことをやろうとすれば、必ず反対の人がいます。そこには利害関係が存在しており、既得権益を侵されると思えば反対、終いには妨害する人が出てくるのは当たり前です。
ですが、そんな場面でも摩擦を怖れず実行していかなければならないことをこの心得では示しています。
まとめ
さて、電通の「鬼十則」の意味は理解して頂けたでしょうか。
電通「鬼十則」の著者:植田正也氏が仰るように、鬼十則の本質は不易流行のビジネスの原理原則と言えるものです。このような時代だからこそ、今一度この「鬼十則」に目を向け、自社の取り組みに応用してみてはいかがでしょうか。
【本記事の参考書籍:電通「鬼十則」(著:植田正也/PHP文庫出版)】