正社員・バイト・パート従業員を雇う時に締結する雇用契約書とは?ないと違法?作成・確認ポイント、労働条件通知書との違いは?
「はじめて従業員を雇うときに事前に押さえておきたい3つのポイント」や「従業員を一人雇用すると費用(コスト)がいくらかかるか知っていますか?」の記事のように採用・雇用前の予備知識も必要ですが、実務的な話も見ていきたいと思います。
今回のタイトルから分かる通り「雇用契約書」に関する内容なので、面接〜雇用契約のタイミングが本記事に該当します。また、この記事を読むことで、雇用契約書が何なのか、また契約書を締結する目的や理由、締結時の注意点などが理解出来ます。
既に何人も従業員を雇っている企業であれば、慣れているので問題ないかもしれませんが、初めて従業員を雇うような場合や雇用契約書を締結していない会社、顧問の社労士がいない、社労士にSPOT依頼も行わない等の場合には、採用後に採用条件、労働条件でトラブルに発展する可能性もありますので、初めて従業員を雇用したり、これまで雇用契約書を締結していないような経営者には是非読んで頂きたい記事です。
・初めて従業員を雇用する経営者
・これまで雇用契約書を締結していない経営者
・労働トラブルを起こしたことのある経営者
この記事を読んで分かること:
・雇用契約書とは何か
・雇用契約書を締結する目的や理由
・雇用契約書締結時の注意点(確認ポイント)
雇用契約書とは?
一般的な経営感覚があれば、「この従業員を雇用しよう」と決めた場合、次は「雇用するために必要な手続きは何だろう?」と考えるはずです。
経営者ともなれば、従業員を雇うにあたって色々と手続きが必要だということはご存知だと思います。
具体的には社会保険(健康保険・厚生年金etc)や労働保険(労災保険・雇用保険)の手続き)の手続きということになりますが、それらに先立って登場するのが「雇用契約書の締結」です。
雇用契約書とは、使用者(経営者)と労働者(従業員)が契約書に書いてある内容・条件で合意を交わしたという書面になります。つまり労使間でお互いの合意があったという証拠にもなります。
そもそも雇用契約が成立するのはいつ?
そもそも「いつ雇用契約が成立する」と思いますか。
・入社した日
・雇用契約を書面で締結した日
といった回答をする経営者もいますが、「社員がその会社のために働き、会社がその対価(お給料)を支払うことを約束したとき(合意したとき)」が雇用契約が成立した時と言えます。この約束には、口頭での合意も含まれます。
つまり、「うちの会社で働いてもらいたい」と思って「内定」を出し、相手方(応募者)がそれに承諾した場合には、その時点で雇用契約が成立したと言えます。
その理由は、民法(第623条)が根拠法となります。(ちなみに、民法第623条乃至第631条までが「雇用」に関する条文です。)
民法(第623条)
引用:民法より
雇用は、当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することよって、その効力を生ずる。
また、後で「内定」を取り消すことは合理的な理由がない限り難しいので、「内定」を出すタイミングにも十分注意しましょう(内定取り消し問題など)。
雇用契約書がないのは違法?
インターネット等では、「雇用契約書がない」「雇用契約書をもらっていない」といった書き込みが見られます。
(最近、何かと話題の吉本興業さんにおいても、「雇用契約書」はなかったという話をテレビやネットで耳にしましたが…)
「雇用契約書がないこと」は違法なのでしょうか?
まずこれに対する答えですが、雇用契約書の作成義務はありません。
但し、法律で使用者には労働者に対して労働条件の明示が義務付けられています。
(これは、労働者が自分に不利な労働契約を締結しないようにといった労働者保護の観点から来ています。)
会社によっては、「雇用契約書」ではなく「労働条件通知書」という形で労働条件を通知することもあります。
労働条件の明示に関しては、労働基準法第15条(労働条件の明示)が根拠条文にあたり、次のように定められています。
労働基準法第15条(労働条件の明示)
引用:労働基準法第15条より
1 使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。
2 前項の規定によつて明示された労働条件が事実と相違する場合においては、労働者は、即時に労働契約を解除することができる。
3 前項の場合、就業のために住居を変更した労働者が、契約解除の日から十四日以内に帰郷する場合においては、使用者は、必要な旅費を負担しなければならない。
また、同法第15条には、「賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。」という文言があるので、更に労働基準法施行規則第5条を読み込む必要があり、そこには次のように書かれています。
労働基準法施行規則第5条
1 使用者が法第十五条第一項前段の規定により労働者に対して明示しなければならない労働条件は、次に掲げるものとする。ただし、第一号の二に掲げる事項については期間の定めのある労働契約であつて当該労働契約の期間の満了後に当該労働契約を更新する場合があるものの締結の場合に限り、第四号の二から第十一号までに掲げる事項については使用者がこれらに関する定めをしない場合においては、この限りでない。
一 労働契約の期間に関する事項
一の二 期間の定めのある労働契約を更新する場合の基準に関する事項
一の三 就業の場所及び従事すべき業務に関する事項
二 始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて就業させる場合における就業時転換に関する事項
三 賃金(退職手当及び第五号に規定する賃金を除く。以下この号において同じ。)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
四 退職に関する事項(解雇の事由を含む。)
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四の二 退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項
五 臨時に支払われる賃金(退職手当を除く。)、賞与及び第八条各号に掲げる賃金並びに最低賃金額に関する事項
六 労働者に負担させるべき食費、作業用品その他に関する事項
七 安全及び衛生に関する事項
八 職業訓練に関する事項
九 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項
十 表彰及び制裁に関する事項
十一 休職に関する事項
2 使用者は、法第十五条第一項前段の規定により労働者に対して明示しなければならない労働条件を事実と異なるものとしてはならない。
3 法第十五条第一項後段の厚生労働省令で定める事項は、第一項第一号から第四号までに掲げる事項(昇給に関する事項を除く。)とする。
4 法第十五条第一項後段の厚生労働省令で定める方法は、労働者に対する前項に規定する事項が明らかとなる書面の交付とする。ただし、当該労働者が同項に規定する事項が明らかとなる次のいずれかの方法によることを希望した場合には、当該方法とすることができる。
一 ファクシミリを利用してする送信の方法
二 電子メールその他のその受信をする者を特定して情報を伝達するために用いられる電気通信(電気通信事業法(昭和五十九年法律第八十六号)第二条第一号に規定する電気通信をいう。以下この号において「電子メール等」という。)の送信の方法(当該労働者が当該電子メール等の記録を出力することにより書面を作成することができるものに限る。)(同規則第8条)
引用:労働基準法施行規則より
法第二十四条第二項但書の規定による臨時に支払われる賃金、賞与に準ずるものは次に掲げるものとする。
一 一箇月を超える期間の出勤成績によつて支給される精勤手当
二 一箇月を超える一定期間の継続勤務に対して支給される勤続手当
三 一箇月を超える期間にわたる事由によつて算定される奨励加給又は能率手当
労働条件通知書に記載すべき内容は?
さて長々と根拠条文を紹介しましたが、まとめると労働者に明示すべき内容は次のようになります(絶対的明示事項、相対的明示事項という言葉は聞いたことがある方もいるかもしれませんね)。
【→参考資料:厚生労働省発行のサンプル(PDF版)】
・雇用契約の期間(期間の定めの有無。期間の定めがある契約を更新する場合の基準)
・就業場所
・仕事の内容(従事する業務)
・始業・終業の時間
・所定労働時間を超える労働の有無(残業の有無)
・休憩時間
・休日・休暇
・交代制勤務の場合は、就業時転換について
・賃金の決定、計算・支払いの方法、締切り、支払いの時期
・退職(解雇の事由を含む)
・昇給
・退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算、支払いの方法、退職手当の支払いの時期
・臨時に支払われている賃金、賞与、一ヶ月を超える期間で支払われる精勤手当・勤続手当・奨励加給・能率手当等、最低賃金
・労働者に負担させるべき食費、作業用品等
・安全・衛生
・職業訓練
・災害補償および業務外の傷病扶助
・表彰・制裁
・休職
「労働条件通知書」と「雇用契約書」の違い
法律上、労働条件を明示しなければならないことはご理解頂けたと思います。
所々既に説明している部分もありますが、「雇用契約書」と「労働条件通知書」の違いを改めて説明したいと思います。
そもそも、経営者の皆さんは、この2つの違いが何かご存知でしょうか?
もし、知らなくても「契約書」だから両者(労使)が合意(署名・押印がある)があるもの。そして「通知書」の方は「通知しているだけ(合意しているという証拠にならない)」といった感覚を抱けたのであれば素晴らしいですね!
一般的に、「労働条件通知書」はその名の通り使用者から労働者に対して(一方的に)通知する書面です。法律上、会社と従業員(労使間)で(雇用)契約書を取り交わさなければならないという義務はありません。(通知書のような形で)必要事項を通知すれば良いということになっていますので、法律上の決まりを最低限守っているというレベルです。
一方、「雇用契約書」は雇用契約の内容を示し、労使間でその内容について合意がなされたことを証明する書面と言われています。この「当事者間での合意の証明」ということが後々労使トラブルで裁判などに発展した時に重要になってきます。
言わずもがなですが、労働条件通知書、雇用契約書いずれも絶対的明示事項、相対的明示事項が網羅できていることが必要です。
後々のリスクを考えたら雇用契約書の方がおすすめ
「労働条件通知書」と「雇用契約書」の違いは、ご理解頂けたと思います。
では、どちらがおすすめかといえば、それは当然「雇用契約書」の方です。
但し、当然ながら雇用契約書の内容は労働条件通知書に記載すべき項目を満たしておく必要があります。「労働条件通知書兼雇用契約書」という表題にして利用している会社があるのはこのためです。
雇用契約書を締結する目的・理由
ここまで説明すればわざわざ言う必要もないと思いますが、雇用契約書を締結する目的・理由は、契約書に記載してある労働条件で労使間が合意しているという証拠として使いたいからです。つまり、労使トラブルの防止や裁判などでの会社側の言い分として役立てることが出来ます。
また、労働者側から見ても雇用契約書で締結すると言うことは、契約(労働条件)内容を自分の目で確認してサインしたということですから、口頭や労働条件通知書で一方的に知らされるよりはマシだと思います。
「言った、言わない」「聞いてない」「あげた、もらってない」「同意した、同意してない」「(説明不足や確認しないことによる)勝手な思い込み」など、人間関係におけるトラブルの多くはコミュニケーションの欠如や認識のズレ(誤解)から起こります。
採用、入社の段階で、いきなり労使間で行き違いがあると、それを発端に徐々に不満がたまり、いずれ爆発するという事態にもなりかねません。雇用契約書で労働条件についてお互いに確認をし合い納得の上、合意の証拠(署名或いは記名・押印)を得ておくことで、「言った、言わない」「聞いてない」といった誤解を防ぐことに繋がります。
雇用契約書締結時の注意点(確認ポイント)
さて、ここからは雇用契約書締結時の注意点(確認ポイント)を挙げていきたいと思います。
きちんと説明する時間を設ける
雇用契約書締結の理由に労使トラブル防止に繋がるということを述べましたが、雇用契約書をきちんと説明し、納得の上で労働者のサイン(合意)をもらうことが大前提となります。
きちんと説明もせず、雇用契約書を取り出して、「じゃー、ココにサイン(署名、記名・押印)して」なんてやり方をやっていたら、いずれ問題が起こります。
面倒くさがらずに一つ一つきちんと丁寧に説明しましょう。
特に、新入社員は初めてのこと、知らないことばかりなので、分かりやすい言葉や身近な例に置き換えるなど、噛み砕いた説明を意識して下さい。
また、時間を設けるというのは、何も説明する時間の長短だけではありません。
説明したその場で合意しろという場合は、後で、考える暇もなくサインを求められたと言われかねませんので、持ち帰らせてもう一度冷静になって内容を見た後、その内容で良ければサインして下さいという段取りの方がより確実です。
労働者の関心が高い箇所は、念入りかつ分かりやすく説明する
労働者の「関心がある箇所」ってどこだと思いますか?
おそらく、説明する側(経営者、人事、上司)も当事者側(労働者)であれば当然に関心のある箇所です。
それは「労働時間・休日」そして、「お金」の部分です。
特に「お金」は「給料」のこともありますが、付随して「時間外労働」のことも含まれます。そもそも「時間外労働があるのか(残業があるのか)」「残業があるとしたら、毎日、毎週どの程度の時間数なのか」「残業代がきちんと支払われるのか」といったことは情報化社会である今日では当たり前とも言える関心事です。
また、ワーク・ライフ・バランスが叫ばれて久しいですが、やはり休日、休みに関する関心は高いです。GWやお盆休み、年末年始など大型連休時の体制、週休二日制かどうか、そして年次有給休暇の取得率(有給が取りやすいかどうか)も労働者が知りたいと思う部分でしょう。
(参考:「完全週休二日制は当たり前ではない(会社割合や週休二日制の違い、採用求人、土日祝日休み) 」)
今でも「冠婚葬祭」や「本当に病気をした時」以外有給が取得できないという会社も珍しくありません。しかし、今のご時世(法改正:最低5日間の有給消化義務)では通用しなくなって来ていますし、そのような会社では労働者から求められる会社とはいえず、人を雇いたくても雇えないという事態に陥ることにもなりかねません。
あとで「聞いてなかった」「こんなに残業があるとは思わなかった」「言っていたことと違う」と従業員から言われないように、労働者の関心の高い箇所は正直にきちんと説明することを心がけましょう。
雇用契約書の中に服務規律や懲戒事由、秘密保持などの内容も盛り込んでおく
雇用契約書は何も守りだけではなく、攻めにも使えます。
雇用契約書の契約形態(双務契約)を利用して、労働条件通知書(労働基準法第15条)に定められているような法律上明示しなければならない事項だけでなく、使用者側(経営者)から労働者(従業員)に対して(ルールやマナーなど)守ってほしいこと、会社が重要視していることなどを盛り込んで合意を得ることが可能です。
ちなみに、双務契約とは、契約の当事者の双方(労使)が、互いに債務を負担する、法律的な対価関係にある契約のことを言います。「債務」とはやらなければならない義務みたいなものと読み替えて下さい。
会社側の債務は、当然給料の支払いです。労働者側の債務は、会社への労働力の提供です。そして、片方を成すにはもう片方も成される必要があります(双方向の権利義務が発生している)。
労働者の権利が強くなったと言われる現代ですが、雇用契約は双務契約(双方向の権利義務)であることを改めて認識しておくべきでしょう。
ですから、社員側にも権利だけでなく義務を課すということも忘れてはいけません。その代表的なものが、服務規律や懲戒事由、秘密保持、競業避止、退職の手続き(特に退職届を出す時期や引き継ぎなどに関して)などになります。
例えば、服務規律を確認してもらうことで、仕事に精勤しなければならないこと、マナー・モラルを守って行動しなければならないこと、そしてやってはいけないことなどを理解してもらいます(秘密保持や競業避止も同様です)。合わせて懲戒事由を確認してもらうことで、何をやったら懲戒の対象になるか、服務規律を守らない場合はどういった懲戒を受ける可能性があるのかといったことを理解・納得させ、最終的に雇用契約書で合意を取るようにします。
こうすることで、入社後服務規律違反や、懲戒事由に該当した際に、「入社時(●月●日に何時間かけて)にきちんと説明したはずです。あなたもここにサインしていますよね」という風に会社側としての言い分が言えるようになります。
「労働条件通知書」の場合だと「貰ったけど内容に合意はしていない(合意したという証拠がない)」「そんなことは書いてなかった」「知らされてない」などと労働者に反論の余地を与えてしまいます。そのような事態にならないためにも、服務規律や懲戒事由などを盛り込んだ雇用契約書を作成し、労働者にきちんと説明をし納得の上でサイン(合意)を得るようにしましょう。
勿論、これら(服務規律など)の事項を盛り込むということは、就業規則も整備しておく必要がありますので、そちらもお忘れなく!
雇用契約書は入社時以外でも取りかわせる
入社時に雇用契約書を交わしたっきりの会社や、そもそも雇用契約書すらない会社もあります。
雇用契約書は、「入社時に交わすもの」という固定観念がありますが、実はいつ交わしても問題はありません。だから今ある雇用契約書を更新しても良いですし、もう社員は入社してるけど雇用契約書を交わしてなかったという会社は、今からでも社員に説明して契約を締結しても構わないという訳です。
いつ交わしても良いとはいっても、その内容には注意して下さい。労働条件を下げるなどの不利益変更や法律以下の定めは出来ませんからね(無効になる)。
まとめ
今回の記事では、
・雇用契約書はなくても違法ではない
・労働条件通知書に記載すべき内容
・雇用契約書と労働条件通知書の違い
・労働条件通知書よりも雇用契約書をお勧めする理由
・雇用契約書を締結する目的・理由
・雇用契約締結時の注意点(確認ポイント)
・雇用契約書はいつ交わしても良いが、内容や変更には注意が必要
といったことを紹介しました。是非、経営者の皆さんは労使トラブル防止のためにも、雇用契約書をうまく活用して経営に役立ててみて下さい。